どんど焼き

今日は地元の神社で正月飾りを燃やすどんど焼きであった。
だんだんと正月飾りも少なくなっている。
文明が進み神様などいないと思う人が増えてきたのであろうか。
自分は信じている。
名前は神様というかは別にしても人間の知らない所に何かがあると信じている。
神棚に毎日家族の安全と健康を感謝し、お願いしている。
大宇宙を考えると人間は地球上のアリより小さなものだと思っている。
午後はウオーキングをやってきた。

正月飾りを燃やす儀式を行う。ちょっと早いので参加者は年寄りばかりであった。
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地元代表者が一年の安全、健康などをお願いした。そして点火する。
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景気よく燃え上がる。焚火の好きな自分はすべてが燃え尽きるまで汗をかきながら世話をした。
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この記事へのコメント

長野のいごっそう
2014年01月08日 08:45
たしかに、どんど焼きの規模は、年々小さくなっていますね。
門松を飾る家庭も、ほとんど無くなりました。
正月気分も、すっかり変化して、我々の子供の頃とずいぶん違っていますね。
お年玉だけは、変わっていません。
三面相
2014年01月08日 09:41
神様への信心どうこうではないと思います。
それが証拠に初詣には凄い人なんです。
松飾りなどをどんど焼きの風習があるところは良いのですが
最近は燃やす場所に困っている人も多いです。
ゴミとして普通に出すのにも抵抗があるようで難しいですねえ。
釣り好き神子
2014年01月08日 12:09
長野のいごっそうさん
門松飾りは縮小すれど、お年玉は増える一方です。
朝から酒が飲める楽しみだけに変わってきています。
旅行先の神社にお参りしただけで地元の神社にはお参りにもいっていません。
釣り好き神子
2014年01月08日 12:18
三面相さん
初詣は信心ではなくほとんどの人は群集心理からではないかと思います。
沢山いるときお参りしても御利益が無いと、人がすくなくなったらゆっくりとお参りします。
松飾りを隣町から燃やしてくださいとわざわざ持ってくる人もいます。燃えるまでしばらく見ていて帰ります。

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